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 技術・技能教育研究所・森 和夫ホームページ 




実習指導を考える

実習指導は簡単なようで難しい。だからといってできないのではない。
考え方、実践の仕方・工夫で充実できるものだ。
ベテランは自分が技能を身につけるために学習してきたが、指導することは考えてこなかった。
だから、説明することも、指導することも難しいのである。
ここではどうすればより良い実習指導が出来るかを考えてみたい。

森 和夫  技術・技能教育研究所   2021/03/16、2021/03/19 改訂


[ 実習=体験 ]では無い
昔から実習は安易に扱われてきた。実習は体験させれば済むと考えていたからである。
それは違う。[ 実習=体験 ]では無い。
まず、実習は意図された体験である。意図的に仕組まれた体験という方が良いだろう。
言葉を換えて言うと、実習は「意図的な活動」と言うことができる。


目標をしっかりと定めなければ実習とはならない
教育は目的活動であるから、その目的が達成されたかで評価する。
目的の無い実習はあり得ない。
また、目標をしっかりと定めなければ実習とはならない。
実習の結果、最終的にどのような能力を身につけることなのか、明らかにする必要がある。
これは工場の作業名を列記することでは無い。その作業に必要な能力をリストすることである。
目標が明確になっているとその目標に学習者が到達したかどうかを検証できる。
一般にこの目標の書き上げがしっかりしていないために、評価・検証が出来ないのだ。


労働することは実習とは言わない
実習には最適のカリキュラムもしくは訓練プログラムが有り、それに沿って学習する。
その日暮らしの工場体験は実習とは呼ばない。
毎日、工場で労働することは実習とは言わないのである。
実習にはプログラムがあると述べたが、意外と受け止める方もいる。
「工場で実習するのにプログラムなど無い」と言う方も多くいるに違いない。
プログラムはその教育目標に到達させるプロセスを具体化したものだ。
プログラムとは最適時間で、設定した目的を達成出来るプログラムのことである。
無理無駄ムラの無いプログラムとなる。余計なものは無く、十分すぎるのも良くない。
そのプログラムを作るには、相応の教育的感覚が必要だ。
それは、「人が学ぶとは何か」に従って構成できる。



良い実施方法を採用すること
目的とプログラムが整うと、実施方法になる。
良い実施方法は学習者への教育的配慮をしたものとなる。
まず、学習者の実態把握に基づく必要がある。環境、文化、価値観、意欲、倫理・・・。
それらに合わせることを前提とする。
実習指導の原則に基づいていることも大切である。優れた方法はこの部分に多くを依存する。
一般に過去の自分が受けた実習を基にして指導する指導者もいるが、大半は誤りであると言って良い。
指導の原理原則に合わない実習を強要しているとしか考えられないものもある。
平たく言えば「実習の教え方」が古いのである。
また、経験知を基にしているだけなのである。
俗に「繰り返し訓練すれば身につく説」となっている。
「技能学習=リピート論」は今日、意味が無い。
もしもそのように考えているなら、ガラパゴス状態にあることを自覚すべきだ。
「意味のあるリピート、進歩のあるリピート」を否定はしない。
技能習熟理論に合わせた実習であるべきだ。
私の提唱するのは「考える訓練、考える実習」である。考えることの無い実習は無意味である。
この技能の性質は何か、特徴は何か、工夫点は何か?と問い続けながら実習を進める。
その結果、「この技能は○○・・ということだ」という概念が生まれる。この概念が上達を支えているのである。
だから、概念の形成が技能訓練には欠かせない。
その意味で言語は重要な役割を果たす。


実習に適した環境はあるかどうかが決め手
実習には適切な教材が必要だ。
かつて、優れた家具製造工場を訪問したことがある。
「熟練と道具の関係」をテーマとする卒業研究の学生を連れて行った時のことである。
東京の蒲田にある川沿いの工場だ。
この工場には入社したい若者が順番を待っているというのだ。
工場の1階は大型加工機械群と塗装設備が有り、2階には手作業加工場と設計・事務室がある。
会議室に案内されると、そこの棚には入社後2年間で学ぶ実習課題が収納されていた。
教材が揃っているのである。
そして、指導者は工場長が行う。
採用は限られた数以上は行わないのである。
この様子を見て納得したものだ。
入社すると2年間は教育を受け、3年目で仕事に入ると言う。
初めはユニット家具の棚板の実習課題である。
やがて、レベルを上げて棚ができる。
箱を構成すればタンスになる。
易から難へ、シンプルから複雑へ、手数も多くなり、判断も多くなる。
良い実習は良い環境のもとで育まれる実例である。


優れた指導者はそれほど多くはいない
育てなければ指導者は育たない。安易に指導者を考えてはいないだろうか?
実習指導の指導者は指導については右も左もわからないのだ。
指導者とは名ばかりで、指導していない指導者は山といる。
指導されたことはあるかもしれないが、指導したことは無いのが指導者の現状である。
しかも、指導された経験も劣悪である可能性がある。
日本ではOJTが通常の教え方だと言うが、OJT指導の良い例を見たことが無い。
単に一緒に仕事をするだけでは学習とはならない。
そこには指導がないからだ。
一緒に仕事することをOJTと言っているきらいがある。
まず、OJTを充実させることから始めなければならない。
指導者を促成栽培のように出来るという風潮があるが、それは正しくない。
数時間の講習で実習指導者が養成できるはずがない。
指導の基礎教育と実習指導の実習を経て熟成し、応用問題としての課題を解決することで一定の域に到達できる。
指導者を超える学習者を育てることが指導者の本来の仕事である。
そのように考えると、必ずしもベテランが指導者であるとは言えない。
指導者は指導者に成るのである。
指導者に成るべくして育てることが指導者養成である。


実習成果は学習者の関わり方次第で変わる
実習は学習者自らが体験、経験することで主体的に関わることを前提としている。
その過程で、直面するさまざまな課題を自ら考え、自ら解決方針を考え、それを実践する。
この活動が成果を左右するのである。
技能がそうであるように、実習では個別性が高く、その考え・判断、体力・能力に依存する。
学習者ひとり一人によって全く異なる状況下で進められるものだ。
かつて、実習日誌の効果・検証を研究テーマにしたことがある。
言葉遣い、取り上げるテーマ、事態の受け止め方は学習者によって全く異なる。
しかし、ある特性に注目すると、研修の最終日に行われる技能試験で合格する学習者は実習日誌を見れば予測できることも明らかになった。
つまり、個々人の実習への関わり方、学習の進め方を制御することでパフォーマンスを上げることが可能であることを示している。
実習は学習者が主体的に取り組み、考え、工夫する活動に依存する。
指導者はそれを自然な流れの中で、個々の課題に合わせて実習目的を達成させるのである。


実習の本質から考える
実習は取り上げ方ひとつで形骸化もすれば進化形もあり得る。
テーマとしては比較的素直な側面を持っている。
もしも、実習が形骸化している状況がある場合にはその要因を明瞭化することは可能である。
ひとつひとつ糸をほぐしていくことで全体像が見え、原則に照らし合わせて整えれば実習の進化形への道筋は見いだせる。
実習の本質に立ち戻って検討することで多くの道が拓かれる。
実習は学習者の主体的な実践を土台として成り立っている。
これがベースとなる。従って、実習課題は同じでも学習者によってテーマは異なる。
実習はまとまりを持った体系としての理解が欠かせないと同時に、個々のプロセスへの精細な配慮と確実な実行が求められる。
実習はプロセスに注目するに対して、労働は結果に注目する。労働は学習では無いからだ。
実習評価をする場合には技能検定のような結果に注目する評価(総括的評価)よりも、プロセスを評価するもの(形成的評価)を採用すべきである。
何を改善すればもっと学習成果が上げられるかの手がかりがそこにあるからだ。





つづく




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徳島大学FDの歴史(2008年4月発行 発行者:徳島大学FD専門委員会)



授業評価アンケートによる講義の検討─ 2004年度前期調査結果の分析と提言─  
(大学教育センター 教育評価・FD 部門)


授業評価アンケートによる講義の検討(2) - 2004年度と2005年度の比較と学部学科別の検討を中心に-
(大学教育センター 教育評価・FD部門)


2005年、教育評価・FD部門 報告(東京農工大学大学教育センター)




  ←こちらもご覧ください




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※森 和夫 略歴
職業能力開発、産業教育学・労働科学を専門とし、産業界を中心に活動。ライフワークは「技の上達」、博士(工学)。現在は技術・技能伝承、人材育成等のセミナー・講演の他、企業との共同研究、コンサルテーション、出版活動を行っている。現職は株式会社技術・技能教育研究所代表取締役、一般財団法人 職業教育開発協会代表理事。
主な経歴は東京農工大学教授(~2006年3月)、徳島大学教授(~2004年3月)、職業能力開発総合大学校教授、助教授、講師(~2000年3月)。学会活動は日本産業教育学会、日本人間工学会、人類働態学会、日本教育心理学会などで活動。海外活動はJICAよりマレーシア、ガテマラ共和国、ボリビア、フィリピンに海外短期派遣専門家として派遣され技術教育の指導者養成を実施した。

基礎研究とプロダクツの関連
 技術・技能教育研究所の研究は「技術・技能研究」「職業能力研究」「指導技術研究」の3分野から構成されている。これらによって技能習熟理論が構築され、能力構造論として集大成される。この内容の基盤にあるものは能力論である。この基礎研究から幾つかのプロダクツが生み出された。仕事分析手法CUDBAS、指導技術訓練システムPROTS、技能伝承システム、技能分析手法SAT、生産技術教育の方法理論、人材育成の見える化コンセプト、開発的指導法がそれである。これらのプロダクツは時代のニーズに対応して応用プロダクツを生み出した。社会で、企業で利用され進化することで、広大なアプリケーションが生み出される可能性を秘めている。



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  第3章 能力マップによる能力管理の方法
  第4章 作業指導による能力管理の方法
  第5章 能力管理の推進モデル
  第6章 能力管理の実際(事例編)

   A5版192頁、価格 2700円税別


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